三子山城跡

庄原市比和町の南端、三子山(861メートル)の頂上部に位置します。 この城跡は16世紀頃、山内氏の家臣、三河内大膳守通忠・通亮など3代が約100年間居城していました。三河内氏は三河の今川氏の家臣で、父討死後、その子は同郷の山内氏を頼って三河内で三子山城主となったと伝えられています。 比和地域の代表的な戦国時代の山城で、山頂から西側の尾根にそって複数の「郭」(くるわ)が階段状に築かれています。 災害の郭には土を盛って防御性を高める「土塁」(どるい)が設けられ、尾根を断ち切って敵の侵入を妨げる「堀切」(ほりきり)も認められます。9合目まで登山道(車道)があります。
白鳥神社

白鳥神社は、古い歴史を有し、御祭神は、日本武尊をお祀りされています。 日本三社の白鳥神社と伝えられ、古来より氏子の信仰も厚い神社です。
一本松古墳

一本松古墳は6世紀の豪族の墓と考えられる。 横穴式古墳で中から高杯や壷などの須恵器、鉄の剣などが出てきている。
広島県を代表する種雄牛の産地

広島県を代表する種雄牛「第9中丸」は、ここ小和田南の中丸家で生まれました。中丸家の和牛は大変優秀で全国和牛能力共進会に過去2回出場し、優秀な成績を広島県の代表として度々受賞しました。現在「第9中丸」は道の駅たかのでも紹介されている広島県の和牛改良に非常に貢献した名種雄牛である
名開き地蔵

県道絞線一本松路脇にある地蔵菩薩のことである。 三河内大膳正吉信は三子山に城を築き、小和田組郷士岩山伝熊に大刀を与えて家臣に列した。慶長五年関ヶ原合戦後の後毛利氏は長州に移封され、三河内氏もこれにしたがったが、岩山氏は小和田に残ることになり、別れの「名開きの儀」を催し、互いに武運長久を祈ったと言う。 その名開きの儀を記念して名号塔を造立した。以来「名開き地蔵さん」と呼ばれている。